身近なお話

私の感想文
それは、過去だったり、現在だったり、少しだけ先に見えるものだったり

始まりはこうだった

無くなって気づくもの、なくなる前から気づかされるもの
私には、この二点を経験したのです


昨日まで、そう昨日までの為五郎が一変したのです
眠っていたお気に入りの籠からよろよろと這い出した途端
激しいおう吐を繰り返し、肢体をこわばらせて、のた打ち回った
そんな彼に手を差し伸べる事すらできない程の拒絶反応が出ている
獰猛な生き物をみるようで、私には成すすべが無かった
どれほどの時が経ったか?
漸く静かすぎる寝息が彼を包み始めた頃、初めて只ならぬ異変を感じた私でした


その夜は静かに見守り、翌朝、早速獣医に電話をかけて尋ねた
獣医は
「今は落ち着いていますね?では、今来てもらっても判らないですが
おそらく、脳に何らかの異常があるのでしょ、詳しく検査が必要ですね」
その判断に間違いはないのでしょうが
症状が起きた状態を見せる事は、私には到底出来そうもない


それから暫くは、普段の時間が流れたが
二度目の発作が起きた時、獣医に電話で再び尋ねると
「たぶん、発作が何度か繰り返し、衰弱していくでしょうね」との回答です
「来院してもらっても、まずは検査、そして・・」と次の言葉は
「老猫だしね、どうされるかは、飼い主さんの意向に任せますが?」
獣医の言葉に合わせるように、電話を置いた後は
延命と、老齢との狭間で揺れ動いた私の時間が語り掛けくれたもの


その子は、私にこう囁いてくれていたかも
もう充分だよ
これ以上の足手まといは、自分にとっても苦痛の何ものでもないからね
だから、自然に任せることにしてほしいんだ
これは、亡くなる1年前の彼が私に語り掛けた言葉だった


昼下がりのある日
右目が白く濁って見える彼に初めて気づいた
「白内障?」
「猫にも白内障があるんだね」
「幾つになったっけ」
「17歳に近づくかな」3年前の事でした


これまで医者にかかる程の病に診まわれてこなかったので
眼科なんて、獣医にあるのかも知りえていなかった
しかし、気になりだすと、気が済まない、胆略な考えで、獣医を訪ねる
推定年齢を話して、獣医と対面
その時の獣医の第一声は、今でも脳裏にある
「老齢だしね」


「白内障ではなく、緑内障ですね」と一応の診断結果
「人間と同じ病名が、猫にもあるのですね」と当たり前の会話を添えた私に
「詳しく検査が必要ですが、どうされますか」と逆質問
それにはいささか戸惑ったが
「治りますか?」と答えを性急してしまう
すると
「猫や犬は、人と違って処置方法はないのです」
獣医の返答に
「まだ・見えてますよね」不安をぶつけてみる
・・・・・獣医は
「見えていると思いますね」

そう、まだ、まだ、昨日までの彼との差は感じていないから
見えているのに、から、見えなくなる、の予測がつかなかった私です


呆然とした私の耳に
「目薬で保護、進行予防ですね」と獣医の声
「しかし、確実に治るとは保証できないです」と、今度ははっきりと聞き取れる
現実に戻してみよう
日に数度の目薬を射す行為が、彼に与えるストレス
何よりも、時折だが彼の獰猛な一面を思い出す
あ~・・これは付き合えないと判断したのです
従って、この先の事は「何とかなるさ・・」と獣医をあとにした


それからは、気になりだすと、気にかかる
やはりね・・めったに合わせない視点を注ぐ回数が増えだす
せめて・・猫でもね~
誰かに言った時、爆笑をかったが
「セカンドオピニオン」もう一軒、獣医の扉をノックしてみることにした


そこでも結果は同じ意見だったが
「老猫だしね」の会話が出なかった若い獣医に心開いたものです
しかし獣医はつづけた
「目薬治療で進行を遅らせましょう」
治療方法は、やはりそれのみなのかとがっかりしたが
改めて尋ねてみることに
「この目、進行するとどうなるのでしょ?どんな症状が出るのでしょう」


後になって、馬鹿げた質問だったと思う
それだけ、私には、彼が重大な病を患っているとは思ていなかった


獣医は静かにこう続けた
おそらく全盲になるでしょう
その前に、何らかの痛みが出てくると思います
しかし、痛みの度合いや、時期は、その子により違いがありますから
必ずしもとは言えません、が、その後は眼球が飛び出す形象も多々あります
そうなると、摘出しか方法はないのです
以上が、獣医が為五郎に下した診断結果でした
そして
目薬の個数、回数が多いので、大変でしょうが、進行だけは防げるかな?
最後は細々とした結果でした
しかし、私は何故かあっさりと
ストレスをできるだけかけてやりたくない、治らないなら目薬治療は結構です
断言する私に、獣医は、微かな笑みを含み
「そうだね・・無理強いは可哀そうだね」と優しく納得したようでしたね


それからしばらくは、何ら変化はなかった
そう、今まで通りの為五郎のライフスタイル、かなりおデブで
外出癖はない、ただ、扉が開いているから出てみただけの動作環境
淡々と、3食の食事と、排尿、排便、至って健康状態に異常なし
目やにが気にはなったが、目やにシートで賄える
ただ、外出する事だけは断じて禁じた
それにも、思えば異は唱えなかった3年間でした


亡くなる1年前までは、次第に衰えていく眼で、静かなライフスタイルを保ってました
そして、あの日を境に、一気に下り始めた彼の時間は
みている者に、それは、それは、暖かすぎる時間を共有させてくれたのでした
大往生への道へと、語り掛けてくれた贈り物でした