身近なお話

私の感想文
それは、過去だったり、現在だったり、少しだけ先に見えるものだったり

お隣さんの猫

猫の親

お隣さんが引っ越しをされてきた時
確かに猫を飼われているのが解った、それも我が家と同じような多頭飼い
嬉しいじゃないですか、親しみを感じずにはいられません
玄関先に静かに鎮座している子
隣接している塀に寝そべっている子
二階の窓辺をねぐらにしている子
数えている訳ではないが、我が家より多いのは想像ができた


引っ越しを終えられてご挨拶に来られた時
「猫、何匹ですか?」と尋ねると
「悪さするようでしたら、叱ってくださいね」と気さくに答えられたが
飼い猫の数は仰らなかった
その仰らない猫の数を、わざわざ数える隣人です、私は(笑)


同じ柄の猫が数匹、アメリカンショートヘアーと思しき猫が数匹
ざっと・・数えた数は、両手では事足りなかったのを覚えています
余りの数に
「何匹居られるの?」と改めてお聞きすると
「22匹だったかな?」と曖昧な答えが返ってきた
その曖昧さにも驚いたが、流石に22匹
越されて来た当座は、大人が3人家族でしたから、猫の方がはるかに・・ですよね


その猫家族も、何時のころからか、数がどんどん減りだして
来られて数年で数匹になっていました
処が、元来動物好きなんでしょう、何処からともなくまた新たなお仲間が
一掃して新たな家族になった子が増えて、今でも多頭飼いのお家です


この子、福ちゃん
年齢は5歳かな、不細工な子猫が道端でないていたそうです
お隣さん、一旦見捨てて帰宅したが、どうにも気になって
(わかりますね、その気持ち)
不思議なご縁でしょう、めったに通らない道だったそうですが
気になりだした数日後、再びその道を通ると、不細工な子猫が生きていたそうです
これは、やはり「ご縁」だと・・しっかりお隣さんの家族に収まったそうです
が、お隣さん、この子の他に先住猫が3匹、つまり先輩ですね
最初はおとなしく、先輩との間隔を保っていたそうですが
次第にやんちゃぶりが出て来て、先輩猫とやりあうようになる


お隣さんの猫は、殆どが自然体、つまり
出たいときは、出る、猫の法則通りに生きてますから
この福ちゃんも類ではない、勿論男の子ですが、去勢済み
我が家の老猫とは、一戦交えはしなかったが、我が家のおトンボクートは
何度かにらみ合いになり、大手を振って歩く姿に、窓越しからやきもきしています
が、昨今、クーもよる年波には勝てないらしい(やや情けない)
我が家の屋根で、平然と寝そべっております・・


お隣さんの猫を眺めていますと
本来の猫のあり様がそのまま生きています・・
癒される?とほめちぎられております昨今、我が家も一匹となり
お隣さんの猫も、そろそろ老猫の部類
其処へ行くと・・この福ちゃん、決して愛想は良くないのですが
目を細めて許しております・・(笑)




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ほほえましいカップルが

猫の親

兄妹が大勢いるとね
一番目、過保護に尽きる
2番目以降、記憶だけが微かにある
末っ子、久々の小さき物体に、ひたすら可愛いだけ


え?これはあくまでも、猫のお話ですから、人間と対比しないで下さい


これからお話しする2匹目の
あ~例の男女を取り違えた猫、コテツの事ですね
一か月強で我が家へやってきた、靴下(白)を履いた猫です
元気印で、男勝りで、後は・・子猫だから許せる範囲内のブスでした(笑)


一匹目の虎治郎を、珍しさと過保護から育て上げてホッとした矢先でした
従って、コテツに関しては、慣れた手前もあってか、手のかからない子でした
とでもいう他、記憶に残された印象が薄いんですm(__)m


ただ、それは、それは、微笑ましいカップルが出来上がったせいかもしれない
何しろ、何をするのも、トラの後ろで、必ず同じ寝床で
見ている者を、温かい気持ちにさせてくれる光景は記憶にあるのです

何を見ているのでしょうね・・カーテン越しにみえる物、気になりますね(笑)
それとも、かくれんぼの疲れから、寝込んでしまったかな(笑)


しかし、こうしてトラに温かくハグされつつ、眠るのが一番の幸せだったようです


コテツがここまで虎治郎に執着できるのは、ある逸話を思い出した
それは、子猫のコテツが、虎治郎に威嚇しなかったこともあって
トラはコテツには、ある意味無関心だと、我々の目には映っていたのです


コテツは次第に慣れだすと、トラのお腹の中に隠れる
隠れて何をしているのか?そっと見ると、それは吹き出したくなる光景でした
トラのおっぱいを音を立てて、チュウチュウと吸い始めるのです
それには笑いながらも、半ば驚きましたね
「おいおい・・トラもトラだけど、コテツ・・だめだって」と離すのですが
知らぬ間にまたまた始めるのですから
おまけに、虎治郎が、満更でもなさそうな顔つきです(笑)


なんだか微笑ましいのですが、流石に「やばい・・」と思った私は
その直後、すかさず獣医の元へ連れて行き、去勢したのです
虎治郎1歳を過ぎた初秋の出来事です


去勢したといっても、トラとコテツの仲は、以前と何ら変わることなく続く
常にお互いを呼び合っている訳ではないのに
私の目には、必ず二匹が重なって見え隠れしていた
脱走壁の虎治郎の後を追うコテツ、決して外を恋しがる風ではないくせに
外で「ギャーオー」彼女のだみ声は
「トラが外に出たよ・・」と我々に知らせる合図となる(笑)
その合図のお陰で、虎治郎は必ず、私にゲットされるが
「コテツよ~、おまえさんさ~いらぬ事をしやがって」
などといったトラの怒りはみてとれない
「だから・・脱走なんてやめときな~」といって聞かせるコテツのハグに
トラは目を細めて、やられるまま・・(笑)
こうして、二匹の生涯は、トラとコテツで絵になったのです


しかし、不思議な出来事が・・それは
虎治郎の最後の最後に、いつの間にかコテツは寄り付かなくなった
あれ程、何時でも一緒だった二匹が
何よりも心配したのが、トラの亡き後のコテツだったが
家族葬の時も、コテツのなきごえさえ聞かなかったのです


動物のテレパシーは、今でも我々人間様には察知できない事の一つです
そして、年子のコテツは、トラが亡くなった後、次の次の年
虎治郎と同じころ、晩秋にトラの元へと旅立ちました
亡くなって2年の歳月が過ぎ、ふと、ブス猫のコテツは
虹の橋をうまく渡り切ったか、やや不安です



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我が家にも居たのです、ワンコウが

猫の親

親父が亡くなって、母の話し相手にとの名目で、飼った(買った)犬です
しかし、今にして思えば
その頃の母の年齢(57歳)に話し相手が、果たして必要だったかは不明です
子供たちが幼かったのと、ペットブームにあやかった我が家
興味本位と、何だったんだろう、思い出そうにも思い出せない
つまり、とってもいい加減な発想で、我が家へ飼われてきた犬こそ
大迷惑だったのかもしれませんね



我が家は、二所帯住宅からスタートして、世に言うマスオさんファミリーでした
子供たちは、幼稚園と小学校にそれぞれが通い始めた頃
父親が急死、さ~母親は動転するだけ
こうなると、母親の面倒は当たり前のようにかって出た私と私たち家族は
心身共に整理が始まった矢先でした


従って、母への思いやりだったか、それとも・・
我々家族が母から距離を置きたかった手段だったか・・
即物的な判断が、ペットを飼おう・・買おう・・だったのかもしれない


その昔、私は犬が大好き少女だったが
捨て犬をひらっては、親に叱責をくらって、また捨てにいく
この繰り返しに、いつの間にか、犬は飼えない家なんだって事を学んだ


忘れかけていた遠い記憶が頭の中で持ち上がるが
捨て犬なんて見かけなくなった世の中で、犬を飼うことが
即時、犬を買う事だという現実を知る


友人に紹介された先は、デパートの屋上に店を構えたペットショップです
早速、私と子供達、3人で見物がてらに出かけたのです
ペットショップ自体、初めての経験です
現在のように、あらゆる種類を備えて、客のニーズに応える形の店
では、無かったように思います
動物園の延長線上に店がある、と言っても不思議ではない形でしたね
ショッピングを兼ねて、子供たちを遊ばせる屋上の一角にある店は
見るだけに留まっている子供たちと、たまの、たまたま、顧客になるかもの家族達
店主にとって
それは、どのような種類の商売だったのか?と疑問が出る程、暇そうだった


その日は見るだけにとどめ置くつもりだったが
一匹、生後3か月ぐらいかな、白いその犬は、我々に向かって
ガラスのケース越しに、ぴょんぴょん、まるでウサギのように跳ねて見せる
立ち去り際には「クー」と悲しい声を出した
目線を合わせるのがとっても辛くなる、別れ際の一日だった


縁とはそういった他愛のないことから始まるとは、よく言ったものです
家路につく頃には、私の脳裏に
「まずは値段の算段、その次は、何処へ置いてあげようか・・」と
既に、買い物を決めた一人の主婦が、ぶつくさ呟いていたのです(笑)


それからは、想定内、ペットショップで清算を済ませて我が家へやってきました
なんでも「血統証」だけはお墨付きのプードル犬
う!ま~・・血統証だか、なんだかは別として、とにかく家族になったのです


珍しもの好きな子供のその後は、証明出来ました
散歩、餌やり、たまに遊ぶ、1週間もすれば、脱落者が出る
「だって・・ばあちゃんのワンちゃんだからね」と尤もらしい理屈を捏ねる
当の母は、運動を兼ねての名目で、散歩だけはせっせとしてくれた
が、問題は、これから・・
彼女(母)は、犬や猫が、家の中で飼う、なんて・・
ペットは外で飼う、といった常識から抜け出せない年代の人です
渋々、家飼いを認めたものの、何故かリールを付けたまま、玄関わきで


それに意を唱えるなら、我々の部屋で、我々が面倒をみる・・
それは・・どうも??
人間様の問答を外に、ワン君はすくすく成長はしてくれました
まさしく、成長だけはつつがなく、ペットとしてではなく
ワンコウとして、気さくで、人懐っこくて、小型犬にしては長生きでした


そうそう、名前・・
「おい・・」では可哀そうだよな~・(笑)
せっかくの洋犬ですが、思わしいネーミングが浮かばない我が家です
その時、珍しく率先して発言した母は
「この子、ちょろちょろしてるんだよね」と言った後で
「チロ、でいいんじゃい」と断言したのです

全く・・最初も、最初なら、安直な飼い主たちが名付けた名前は
「チロ」でした・・
そのチロ、初めて我が家へ来て、亡くなる最後の半年間
これも、初めて我が家族に収まった猫、虎治郎の親を自然にかって出てくれました
そして、その虎治郎が、チロの16年の最後を看取ったのです
不思議な家族と、不思議なペットのお話のスタートです




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