身近なお話

私の感想文
それは、過去だったり、現在だったり、少しだけ先に見えるものだったり

5匹の猫

始まりは一匹の猫からだった
今から21年前の暑い夏の午後、玄関先で小動物の死骸が・・
いえいえ、死骸ではなく、わずかだが動いている
恐る恐る膝をついて見入ると、その物体は確かに動いていた

「いやだね・・どうしたものかな?」
早速家族を呼び寄せ、頭を突き合わせての談合が始まる
「これって・・猫?」
「そうだよ、猫だよ!」
「猫・・大っ嫌いだよ、私」
「どうする?」
「どうするったって、とにかく・・・」
「とにかく・・どうするのよ?」
らちの明かない会話の応酬を、その猫は確かに聞き耳を立てていたと思う


指先で持ち上げた物体は、よく見ると目が開いていない
それでも、一猫前に、爪をたて、か細い声で威嚇した


「なくよ・・この子」
「そりゃ、なくだろうよ・・猫だからな」
「で?どうするよ・・」
「それよりも、何処で産んだのかな?」
「じゃ、親がその辺りに居るって事だよね」
「無責任な親もいるもんだね」
一同、声を出して笑ってはみたが、この先の結論は出てこない
当たり前です、我が家には、曲がりなりにも、一匹の犬が既に居たからです


その当時の我が家の家族構成
夫婦、娘(成人)、息子(未成人)、老婆、そして、老犬の5人と一匹でした
して家族の中でも、猫が大っ嫌いな老婆と、猫を好ましく思っていない私
飼い主には到底なれない子供達、旦那さんは論外
どうみても、猫飼いに軍配は上がりそうにない


「ね~・・どうしてくれるんだよ・・」
「縁を求めて、お宅の玄関先まで必死で這ってきたのにさ」
「これじゃ、中々帰ってきてくれない親を待っていた方がよかったかも」
なんて・一匹の子猫は呟いていたかもね


その時でした
「ね~・・ひょっとしたら、ここ・・」
「え!!どこどこ・・」
「ここよ、この縁の下、隙間が出来てるよ」
「いつの間に?」
「そんなこと、どうでもいいだろう・・」
「なるほど・・ここか!ここで産んだって訳か」
「じゃ、決まりね」
「え!なにが・・・?」
「だから、ここへ戻して置いたら、親が帰ってくるって!」
「なるほどな・・!」


こうして、元の暗がりへ戻された子猫です


しかし、縁とは異なものです
翌朝、這い出したらしい子猫が、けたたましくないています
「なによ・・飼えないって言ったよね」
猫、まして子猫、に言ったところで、通用すしないです


しかし、その言葉とは裏腹に
小さな箱の中で、子猫とやらはこじんまりと収められ、どうやら家の中へ
見えないけれど、聞こえているらしい子猫は
黒い物体が入れ替わり、立ち替わり、箱の中を覗き込む様子が
どうやら、新しい家族になったらしいと確信したようですね


さ~どうする?
こんなにも小さすぎる子猫、まだまだ親が必要でしょう
情にほだされて、家の中へ連れ込んでしまったけれど
これから先の事は皆目見当もつかないありさま・・
もう一度・・戻すか?なんて意見も出る始末
しかし、一旦人の手にゆだねられた子猫は、親は、育児放棄の原因に
そう聞いた以上は、無責任に捨てられない
情けは猫にあらず・・って事です


こうして、やっさもっさの結果、どさくさ紛れにファミリーへと
仲間入りを果たす結果になっていきました


猫?嫌いだな~の私
しかし、可愛い子猫をみていて飽きない・・
いや~・・これが私と猫の間柄を作った一歩です
そして・・家族の中心になるのに、さほどの時間を要しなかったのです


それからどうなった?
それからは、それからの方が大変なのに
先の事を考えない似たもの家族だから、この先、あれあれと5匹になったのです
先ずは・・最初の一歩・・
誰もが一度は経験したかもしれない、小さな幸せの始まりです



大往生

先日、飼っていた猫が大往生した
20歳、人間に置き換えれば100歳にほど近い年齢だから、大往生と言えるらしい

元気だった頃を思えば、全盲で3年を過ごし、亡くなる三か月程は
介護を余儀なくされ、見る影もなくやせ衰えていく
全盛期を知る者には、哀れで、みていられないところだが
猫特有の自然体、依存性は皆無、生きる事への執着も見えない
生かされている事だけに従っているかのような日々
私には、羨ましく見えるのだから不思議な子でした


何度か危機を脱し、決して先に光が射すことが無いことぐらい
予測していたから、延命と言える治療方法は取らなかった
彼が、異を唱えていたかは知る由もない、暗黙の了解でした


横になったままの彼を、日に数度方向を変えてやり、排尿、排便の処理を手助けする
食事はどうにか動く側の前足に食器を乗せて最後まで自力で口から食べてくれた
人間様だったらどうするだろう?
笑える疑問が起きるのだが、介護中は、その疑問さえ頭に思い浮かばなかった
無意味な感情を捨て置けたのは、老猫が見せてくれていた生きざまだった


9月に入った頃から夏の暑さと別れを告げるかのように、朝夕の涼しさを感じた
その気温を感じ始めた頃が、彼との別れを意味していたのだと思う
餌の量がぐんと減りだし、目を開けている時間がどんどん少なくなった
静かすぎる息遣いを、何度か耳に当てがって聞いた
体温が奪われるのを防ぐために、軽めの布団をかけてやる


日中なら、肌布団から仰け反って、動かない4本の足をだらりと出す動作
それが無くなっていた
ただ、ひたすら眠っているだけ


立てなくなって2か月半、3度の食事時間だけは、必ずないてくれたが
それすらなくなり、自動的に宛がう、スープ状の餌に、口をパクパクしつつ
喉の奥へと流し込む動作は、まだ自力で残されていた


彼にとっての最後となる前夜、少しの水を上手そうに飲んだ
そして、私の横に寝床をおいて寝た
夜半に目が覚める、体温の確認をしたが、温かい、大丈夫
翌朝「おはよう」と声をかける、微かにないた
今日は、もうこれ以上の無理はさせまいと決めたが
(それは、スープ状の餌を水だけに置き換える事)
しかし、その水さえも受けつけようとはしなくなった
覚悟はできていたが、やはり引き延ばそうとしている私が居る
眠っている彼の布団の静かな動きは、時間だけを刻んでいる


多い時なら、飲んだ後から排尿を繰り返していたのに
今朝は、頻度がぐんと下がっていた事に、はたと気づいた
夜半になると、数度顔を持ち上げる動作が増えた
薄っすらと目をひらき、微かに開いた口から
声にはならない声でなく、彼のメッセージをしかと聞いたと思う


そっと布団をはぎ、彼の体温を確かめる
温かい、彼の毛先からまだ暖かな体温が指先に伝わる
もう一度だけ、体に耳をあてがってみる
硬直が始まりだした両手足の間からは、確かに聞き取れた呼吸音がない
それが、静かに「虹の橋」の袂へ到着した事を知った彼との最後だった
大往生・・その言葉の成す意味を知った瞬間でした
不思議と涙がこぼれてこない


家族葬を終えて、夕方に小さな骨壺に収まって帰宅した彼
思えば、両手で抱えきれなかった彼が
3か月前は、片方の手に収まってもいいほどになっていたが
骨壺に最後にふたをした時は
溢れんばかりの頑強な骨が収まっていたのを確認した