身近なお話

私の感想文
それは、過去だったり、現在だったり、少しだけ先に見えるものだったり

虎治郎の冒険

『発車しまーす、お乗りの方はお急ぎ下さい』
 無人のプラットホームに向かって、合図を送る車掌は
『ちょっと、そこの・・、乗るの?乗らないの?』
 ホームのベンチで居眠りをしていた猫に声を掛けたかも
ローカル線の終着駅、人の数は知れたもの、まして昼間と有っては皆無に等しい。
 
目は閉じているが、耳だけをぴくぴくさせている1匹の猫は
「それでは、お言葉に甘えて」車掌に向かってウインクをしてみせた
 『まさか、本気にしたのかな?』車掌と一匹の猫の会話を載せて
『ご乗車、有難うございまーす』
マニュアルを口にした車掌と同時に、列車は動き始めました。
 『おっと!』
 揺れは相当なもの、気合を入れなおし、小さな旅の始まりです。


 列車が動くと同時に、座席の向かい側で
寝起きの顔に向かってメーキングの支度に取り掛かるらしい女性
俺様にはに目もくれないで、せっせと鏡と対話している
『これは珍しい光景だ』とは思うが舌打ちしたくなる

 そこへ、腕時計に目をやりながら中年過ぎのサラリーマン
「しまった、何時もの指定席なのに、今更席を移動するのも面倒だしな~」
落ち着かない仕草で仕方なく腰を下ろして俺様を睨みつける
『どうもです、知らなかったもんで』と一応俺流の断りを入れておくが
鞄を膝の上に乗せた彼は
「それにしても、なんで猫が座っているんだろう、誰も注意しないのかな」
再び俺様をぎょろぎょろ見るものの、それ以上の動作はしそうにない
『関わりたくないですよね』と、再び俺流の挨拶代わりに尻尾を揺らしてみた
が、観て、見ぬふり・・
『なるほど、見なかったことにですよね』俺様はそのように解釈した


列車はどうやら単線らしい
長閑な風景を窓辺、にゆったりと春の昼下がりを走っていく
突然
 「次は-○○○駅です。おーりの方は」とアナウンスの声
しかし、決して耳障りではないのが、小気味よい

アナウンスの声と同時に「おりますよ」と手を上げたおばあさん
 「手を上げなくても止まります。これは電車ですからね」
なんて、車掌の独りごとらしき言葉が、俺様の耳に入ってくる
次いで
 「お足元に、気をつけて・・・」
あくまでもマニュアルとはいえ、車掌の和らいだ言葉にも心地よさが伝わる
どうやら、常連らしいおばあさんは
 再び手を上げ「はい、はい、分かりましたよ、それでは、ごきげんよう」
 無人のプラットホームに降り立ったおばあさんを見届けると

扉が閉まる瞬間、一人の学生が飛び込んで来る
「お~・・危ない危ない・・乗りそびれるところだった」
何たる危険な奴!!・・俺様はその学生を思い切り睨みつけたが
当の学生は俺様には目もくれずに
「ほんと・・やばかった!」と何やら玩具のような物を取り出した
そして
「セーフだよ、今乗った所、うん!OK・・・・」辺りかまわず大声で話し始めます
 「携帯電話!困るんだよな」さすがに腹にすえかねたらしい車掌は
俺様をみながらぶつぶつ独り言を


しばらくすると車内アナウンスが
「お客様に、お願い致します車内での不審な物にはお手を触れないでください」
「車内での携帯電話のご使用にはマナーを守り、マナーモードでお願いします」
長閑なローカル線にも、マニュアルの多い事
 学生は、さすがにアナウンスには恥じらいは隠せないらしく
声のトーンだけは下げ、なにやら話の続きをしています。


すると、車内の人たちの心のつぶやきが俺様には聞こえてきます
 「おい、今車掌が言ったのが聞こえないのか?態度がなってないな~今時の」
 「そうよ、直に終点じゃない、終わってからでも・・いんじゃないの」
中には
「いいわね、携帯電話、私も欲しくなったわ」
ほ~・・あれが「携帯電話」って、俺様には意味不明な物体に見えなくもない
すると、今度は聞いた事のあるベル音が
慌てた風に 一斉にバックや、ポケットを探す乗客の姿が出来上がっている
『笑わせるよな、人の事言ってられないよ』
ね!!と俺様はあきれ顔でぞれぞれの乗客の顔を睨む
が!誰れもが、俺様を無視している


走行している列車の中で、ひと際目立っているのが
3~4人のおばさんの会話
恐らく、誰もが聴いて、聞こえない風だけれど、少しやかましすぎない(笑)
平和な午後のひと時です!もう少しお静かに・・と目線を向けると
流石に目ざといおばさんの一人が
「あれま~・・猫が乗ってるわよ」と
「ほんと・・どこから乗ってきたのかしら」と
漸く気づいてくれたことに、俺様の存在をアピールできたが
そう思っているのもつかの間
「いやだ~・・猫だって・・私、大嫌いなのよね」と一人のご婦人
「ね~、車掌に教えなきゃね、猫を乗せているなんて」
なんだか雲行きが怪しくなってきたことを察知した猫は
そそくさと席を移動したのですが、どうやらそれだけでは収まりそうにない
お節介そうなおばさんの一人が
「きっと飼い主さんが一緒に乗ったのでしょうけれど、無責任よね」
「ほんと、公共の乗り物に動物を乗せるなんて・・」
「キャリーなんかに居れていればいいのにね」
「脱走したのよ、そうに決まっているわよ」
「まったく・・嫌な気持ちにさせられるわね」
話はとめどもなく続くのですが
『だから?どうしてほしいんですか』と声を出して言う訳にもいかない俺様です
( ノД`)シクシク…・・(´;ω;`)ウッ…・・


 列車は相変わらず同じリズムを取りながら、目的地へと近づいていく
『あと少しの辛抱』猫は肩身を狭くしつつも
始めてみる街並みに彷彿としているのですから、のんきな奴です


最後のアナウンスが聞こえだす
「ご乗車ありがとうございました。次は***駅でーす、この電車はこの駅止まりです」
「お忘れ物のなきよう、おーり願いまーす」最後の仕上げの声を聞いていると
列車は大きなプラットホームへと入っていきます。 
「ご乗車有難うございました」
一番隅のホームへと滑り込りこみ、乗客はそれぞれ一斉に降りていく


さて、猫は見知らぬ街で降りたところで、本当は大いに不安です
が、冒険心に満ち溢れてるせいか、不安を通り越す夢に酔っています
猫の気持ちはさておき、車中を一回りし始めた車掌が
「さて、これから先は・・どうする気だ?」とぽつりと俺様に囁いた
『う~ん、どうするって聞かれても、答えが見つからない』
次第に本音が見えだす俺様の目に
運転席が移動しただけの列車は、もと来たレールを遠くに見ながら
「この列車は、もと来た駅へ引き返すんだけれど、また乗り込むかい」
車掌が笑っている・・
そうらしいです、つまり猫が乗った駅へと引き返すんです


『そらりゃ、有難いです!お言葉に甘えてもう一度だけ・・・』
『無賃乗車ですが、かまわないですか?』と言ったかな、猫が
「構うもなにも、運賃払えるのかい?」と車掌は再び笑う


数分の後、列車は再び一本のレールの上を静かに走行し始めたのです
次第に見慣れた風景が目に飛び込んでくると
猫は楽し気に「ニャオー」と静かに吠えたかな?


これは、あくまでも私の想像です
しかし、ある時、6歳を迎えた虎治郎は、脱走壁が講じて
いくら探しても見つからなかった空白の時間
ひょっとしたら?小さな冒険に出かけていたのかもしれませんね



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